【飛びたい、でも地面は遠い】リーガルリリー「ぶらんこ」――『ぶらんこ乗り』が導いた、少女のままの心

2025年7月5日

「もう一度飛びたいの」――その声は、誰のものだろう?
リーガルリリーの楽曲「ぶらんこ」は、どこまでも純粋で、どこか痛々しいほどの真っ直ぐさを持った一曲です。

この楽曲は、作家・いしいしんじによる小説『ぶらんこ乗り』を元にしたといわれており、物語が描く“消えてしまった弟”や“語り手の姉”の視点が、楽曲全体にやさしく重なっています。


『ぶらんこ乗り』という物語から受け取ったもの

いしいしんじの小説『ぶらんこ乗り』は、一人の少年が“ぶらんこ”の上で世界からふっと姿を消してしまう、という幻想的で哀しい物語。
その弟の人生を、姉が静かに、でも必死にたどっていく構成です。

リーガルリリーの「ぶらんこ」は、その物語の空気感――何かが失われてしまった後の静けさと、もう一度手を伸ばしたいという願い――を、音楽で繊細に再構築しています。


“ぶらんこ”はただの遊具じゃない。心の比喩としての存在

“ぶらんこ”という言葉には、揺れる気持ち、届かない距離、戻れない時間といった多層的な意味が宿ります。

「そらにはもう、もどらないつき。」

歌詞に繰り返されるこのフレーズは、まるで姉がぶらんこにひとり座り、消えた弟に語りかけているような光景を想起させます。
それは、自分自身に語りかけているようでもあり、どこかにいってしまった何かと向き合っているようでもある。


楽曲ができるまで――“少女の時間”をとじこめた声

ボーカル・たかはしほのかが「ぶらんこ」を書いたのは、10代の頃。
彼女は日常にある違和感や、説明できない衝動を、いつも**「音楽」という方法でしか表現できなかった**と語ります。

「ぶらんこ」は、そんな彼女が“少女である自分”のまま、この世界の理不尽さや痛みに向き合った一曲でもあります。

小説『ぶらんこ乗り』の語り手の姉と、重なって聞こえるのではないでしょうか。


音の世界観――夢の中と現実のあいだで揺れるように

「ぶらんこ」は、音の構成も非常に浮遊感があります。
アンビエントなギター、空間を漂うボーカル、抑えたリズム。
それはまるで、目が覚めきらない夢の中にいるような音像

そしてそのサウンドが、失われたものを思い出す“余白”として機能しています。
激しく訴えるのではなく、静かに語りかけるように。


「もう一度飛びたい」― 少女のまま、大人になる方法

“飛びたい”というフレーズは、この曲の核心です。
それは、弟のように遠くへ行きたい、という憧れかもしれないし、
今の自分を抜け出したい、という痛切な願いかもしれません。

でも「ぶらんこ」は飛ぶことが目的じゃない。
その場で揺れて、回って、戻ってくる――そうして生きていく時間そのものが、大切だと気づかせてくれる歌なのです。


終わりに:心の中の“ぶらんこ乗り”へ

リーガルリリーの「ぶらんこ」は、“少女”の時間をただ消費せず、記憶としてそっと保存してくれる音楽です。

そして同時に、それを聴く私たちひとりひとりの中に、
かつて“飛びたかった誰か”がいたことを、そっと思い出させてくれます。