※この記事には、いしいしんじ作『ぶらんこ乗り』の一部ネタバレを含みます。
リーガルリリーの曲の中でも、この曲はとくに物語っぽさが強い「ぶらんこ」。
曲の元になったと言われている、いしいしんじさんの小説『ぶらんこ乗り』を読んで聴くと、また違う顔を見せてくれます。
この記事では、「ぶらんこ」という曲がどんな曲なのかを紹介しながら、小説『ぶらんこ乗り』との関わりを軸に、歌詞の景色をゆっくり読み解いていきたいと思います。

わたしはこの曲きっかけで、いしいしんじさんの本と出会えました!
『ぶらんこ乗り』に書かれている短編もとっても面白いので
ぜひ本も読んでみてください♪
「ぶらんこ」の基本情報
リリースと再録版「ぶらんこ(Lycanthrope)」
「ぶらんこ」は、リーガルリリーが2016年10月に出した1stミニアルバム『the Post』に収録されている曲です。メンバーがまだ全員10代だった、バンド初期を代表する一曲でした。
その後2018年には、この曲を録り直した「ぶらんこ(Lycanthrope)」が、映画監督・内藤瑛亮さんと一緒に作ったミュージックビデオとともに配信されています。
たかはしほのかさんは、高校2年生のときに作ったこの曲を「持ち曲の中でいちばん好き」と話していて、何度歌っても飽きず、歌うたびに歌詞の意味が違って見える特別な曲だと語っています。
作った本人にとってもひとつの意味に決まらない曲だからこそ、聴くわたしたちも自由に感じ方を広げていい曲なのだと思います。

何年もたってから録り直すくらい、大事な曲ってことなんだね。
歌詞考察
満月とぶらんこが連れていく、もうひとつの世界
ちのけがさわいだまんげつのよるに
歌詞のはじめは、満月の夜、心がざわざわする感じから始まります。
- ぶらんこに乗って空へ昇っていく様子
- しめった夜の空気と混ざりながら
- 悲しい顔でどこかへ飛んでいってしまう誰か
この曲は、最初の数行だけで一気に不思議な世界に連れていってくれます。
ぶらんこは、本来は地面から離れない遊具ですよね。
それなのにこの曲の中では、ぶらんこが「空につながる乗り物」として出てきます。
それは、いしいしんじさんの小説『ぶらんこ乗り』の一説から来ていると思います。
サーカスの章をぜひご覧ください。
「ライカンスロープ」という言葉が持つ意味
歌詞には「ライカンスロープ」という言葉が出てきます。これはいわゆる狼男のことです。夜の街に溶け込んでいた、という表現とあわせて考えると、この曲の「あなた」は、満月の夜にだけ本当の姿を見せる人、あるいは人とは違う何かに変わってしまう人として描かれているように読めます。
おもしろいのは、語り手がその変化をこわがりながらも、受け止めようとしているところです。「なぜ怒ったのか」「自分に映る何かがこわいのか」という問いかけからは、変わってしまう相手を前にした戸惑いと、それでも離れたくない気持ちが同時にあることが伝わってきます。
なぜサブタイトルが「Lycanthrope」なのか
ここで少し立ち止まって考えたいのが、この曲がなぜわざわざ「ぶらんこ(Lycanthrope)」という、英語のサブタイトルつきの名前になったのか、という点です。2016年の『the Post』に入っていたときは、曲名はただ「ぶらんこ」でした。それが2018年、たかはしほのかさんが小説をさらに読み込んで、自分なりの解釈を深めたうえで録り直したときに、あえて「Lycanthrope」という言葉が名前に加わっています。
「Lycanthrope」は、満月の夜に狼に変わってしまう人を指す、昔からある言い伝えの言葉です。もともと歌詞の中にあったこの言葉を、あえて曲名にも入れたことには意味があるように思います。曲を最初に作った10代の頃は、まだ物語の中のひとつの飾りだった「変わってしまうこと」というテーマが、年月がたって歌い直すうちに、この曲でいちばん伝えたいことだと、たかはしさん自身の中ではっきりしてきたのではないでしょうか。
また、日本語の歌詞の中に、あえて外国語の少しかたい響きの言葉を入れることで、「あなた」に起きている変化を、ただの気持ちのたとえ話としてではなく、少し距離を置いた特別な出来事として扱っているようにも読めます。この距離感が、満月の夜だけに起きる不思議な時間と、そこから覚めたあとの毎日との違いを、より際立たせているのだと思います。つまりこの曲名は、「変わってしまうこと」を、かくすのではなく、名前をつけてはっきり受け止めようとする気持ちを表しているのではないでしょうか。
「ぶらんこ」という乗り物が象徴するもの
ぶらんこは、こちらの世界とあちらの世界をつなぐ道具のようにも読めます。地に足のついた毎日と、満月の夜にだけ開かれる不思議な時間。その境目でずっと揺れ続ける乗り物として、ぶらんこが選ばれているのではないでしょうか。
そう考えると、サビで繰り返される「ぶらんこの上で待ち合わせ」という約束は、ただの待ち合わせ場所ではなく、「もう後戻りできない世界に、一緒に行こう」という気持ちの表れのようにも聴こえてきます。
いしいしんじ『ぶらんこ乗り』との関わり
さて、ここからが本題です。たかはしほのかさん自身が「この本がなかったら歌詞を書いていなかった」と話すほど影響を受けたと言われているのが、いしいしんじさんの小説『ぶらんこ乗り』です。2000年に理論社から出たこの作品は、頭がよく、お話を作るのが大好きな弟が主人公です。彼はぶらんこがとても上手で、指を鳴らすのが得意な少年として描かれます。ある日声を失ってしまいますが、それでも動物たちと話せるようになる——そんな不思議な弟のことを、高校生になった姉が、弟の残したノートを読みながら思い出していく物語です。
この小説の中心にあるのは、「もういない誰か」を、残された言葉やノートを通して思い出すという形です。そして「ぶらんこ」という曲もまた、いなくなってしまった、あるいはもう同じ形では会えなくなった「あなた」への気持ちを、満月の夜という特別な舞台を借りて歌っているように読めます。
声を失った弟と、「うしなったこえ」という約束
小説の中で弟は声を失いながらも、動物たちと通じ合う新しい言葉を手に入れていきます。歌詞の中にも「うしなったこえをてにいれたら」という一節があり、この重なりはとても印象的です。声を失うことは、この物語の中で、ただの喪失ではなく、何か別のものに生まれ変わるための通り道として描かれているのだと思います。
「ぶらんこ」という曲の語り手たちもまた、失った声を取り戻すことを「約束」として掲げています。それは、かつての自分たちのままではいられないと分かったうえで、それでも同じ場所でもう一度会おうとする、切ない約束なのではないでしょうか。
姉弟の物語と、恋のような物語の重なり
『ぶらんこ乗り』はきょうだいの物語で、「ぶらんこ」は恋のような関係を歌った曲です。関係のかたちは違いますが、どちらも「大切な誰かが、自分とは違う世界に入っていってしまう」という形は同じです。弟が声を失って動物と話せるようになったように、「ぶらんこ」の「あなた」もまた、満月の夜にライカンスロープへと姿を変えてしまう。
大切な人が自分の知らない何かに変わっていくことへのこわさと、それでも一緒にいたいという願い。この気持ちは、小説と曲というまったく違う形のあいだで、静かに響き合っているように感じます。

ジャンルは違うのに、「変わってしまう大切な人」というテーマがそのまま重なってるんだね。
「もう戻らない月」に込められた別れ
歌詞の終わりのほうでは、空にはもう戻らない月、という言葉が繰り返されます。満月の夜だけに開かれていた特別な時間が終わり、いつもの毎日に戻っていく——そんな区切りを感じさせる言葉です。マフラーを巻いて出かけていく後ろ姿、そして「また笑って生きて」というような別れの言葉は、この曲がただの恋の歌ではなく、大切な誰かを見送る歌でもあることを教えてくれます。
『ぶらんこ乗り』の姉が、弟のノートを通して彼がいないことを確かめていくように、「ぶらんこ」の語り手もまた、満月の夜の記憶を思い返すことでしか、もう「あなた」に会えないのかもしれません。それでも「今日も笑って生きて」と送り出す最後の一節には、悲しみだけでなく、相手のことを大事に思う気持ちがにじんでいます。
まとめ
「ぶらんこ」が教えてくれる、変わってしまう誰かとの向き合い方
「ぶらんこ」という曲は、満月の夜だけに開かれる不思議な時間と、そこで出会う変わっていく誰かへの気持ちを、ぶらんこという境目の乗り物にのせて描いた曲です。いしいしんじさんの『ぶらんこ乗り』が、声を失いながらも新しい言葉を見つけていく弟の物語であるように、この曲もまた、失ったものを抱えながら、それでも誰かとつながろうとする人たちの物語なのだと思います。
大切な人が自分の知らない誰かに変わっていくことは、誰にとってもこわいことです。けれど、その変化をこわがるだけでなく、受け止めようとする気持ちの中にこそ、本当のやさしさがあるのかもしれません。「ぶらんこ」を聴いたあとに『ぶらんこ乗り』を手にとってみると、この曲がなぜこんなに胸に響くのか、きっと深く納得できるはずです。

曲だけでなく、小説も読んでみたくなる—これぞ物語のバトンリレーだね。

